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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)7395号 判決

原告 杉田美知子

被告 杉並区 外四名

主文

一、被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子は原告に対して、各自金一〇万円及びこれに対する昭和三七年一一月二九日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告杉並区、同桜井伸、同島田進との間では全部原告の負担とし、原告と被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子との間では、原告について生じた費用を一〇分し、その一を右両被告の、その余を各自の各負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分にかぎり原告において金三万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、原告の申立

(一)、被告等は原告に対して、各自金七〇万円及びこれに対する昭和三七年一一月二九日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)、訴訟費用は被告等の負担とする。

(三)、仮執行の宣言。

第二、被告等の申立

(一)、原告の請求を棄却する。

(二)、訴訟費用は原告の負担とする。

第三、請求の原因

(一)、原告は昭和三七年一一月二八日当時、杉並区立阿佐ケ谷中学校の一年生であり、被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子の二男である訴外鈴木良茂(昭和二五年一月二七日生)(以下単に良茂という)も同中学校の一年生であつた。被告桜井伸は同中学校長であり、被告島田進は良茂の担任教員であつた。

(二)、(1) 原告が、昭和三七年一一月二八日午後四時頃、同級生と一緒に前記中学校二階教室(別紙図面Aと表示の部分)にいたところ、良茂が原告をからかう事柄を公然と再三にわたり述べた。

原告はこれを制止すべく立上つたところ、良茂は原告の追跡を誘発するような態度で右教室から逃げだしたので、原告はそれにつられて良茂の後を追いかけた。

良茂は廊下へ出て渡り廊下から旧校舎の方へ後ろをふり返りながら走つて行つたので、原告はその後三メートル位の距離をおいて追いかけて行つた。良茂は旧校舎の角を曲ると走行のスピードを落したので両者の間は約二メートルに縮まつた。

(2)  ところで、旧校舎二階廊下には二枚扉で観音開きの鉄製防火扉(以下本件防火扉という。)があつたが、当時そのうち南側の扉はほぼ完全に西側に開かれており、北側の扉は壁面から三〇度ないし四〇度の角度で半開きの状態にあつた。良茂は旧校舎二階廊下中央部やや北側窓寄りを西から東へ逃げたが、前記防火扉のところまでくると、ちらりと後ろをみてから半開きになつていた北側防火扉の先端部を、その脇を走りぬけると同時に、これを手で強く引いて閉じた。そのために良茂を追つて、良茂の約二メートル後ろから廊下中央部やや北寄りのところを直進してきた原告は、突然眼前に前記防火扉が閉じられる結果となり、瞬間危険を避けるいとまもなく、顔面にこれを衝突させ、よつて上前歯四本折傷並びに歯肉裂傷の傷害を受けた。

(三)、前記防火扉はその用途目的からして、平時は閉じる必要はなく、完全にこれを開放して壁面に固定しておくべきであつたのにかかわらず、固定用金具がなかつたため、かねてより全閉又は半開の時が多いという状態のまゝ放置されており、通行の妨げとなるのみならず、ややもすれば廊下を走ることの多い中学生にとつては危険な障害となつていた。従つてかかる管理方法には瑕疵があつたというべきである。

(四)、原告の受けた前記傷害は、前述のような防火扉の管理上の瑕疵及び良茂の故意又は過失による行為とに基因するものである。

(五)、良茂は本件事故当時一二才一〇か月であつてその行為の責任を弁識するに足る能力なく、従つて同人の親権者である被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子両名は良茂の行為に対して一般的な監督義務者として、良茂の担任教員である被告島田進及び阿佐ケ谷中学校校長である被告桜井伸は、親権者に代る監督義務者として、親権者と重複して良茂の行為につき責任を負うべきであり、一方被告杉並区は前記防火扉の占有者及び所有者として、その設置又は保存の瑕疵につき責任がある。

(六)、原告は負傷後直ちに前記中学校の近くの沢田歯科医院において応急の手当を受け、さらに四、五日休校して自宅で療養した後、約二か月間右医院に通院して治療を受けた。その後折損した前歯を入歯によつて復元するため、昭和三八年二月初旬から約五か月間岡歯科医院に通院して加療を受け一応の完成をみたが、二年後の今日にあつてもなお前歯でものを噛むことができず、又受傷した歯肉が黒変したままになつているのみならず、入歯も原告が成長期にあつて歯牙未熟のため数年後には再治療の必要がある。この間被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子、同桜井伸は前記治療のための費用金六万円を支出したのみで何ら誠意ある態度を示さない。

原告は、合計七か月に及ぶ苦痛にみちた治療を受けることを余儀なくされたうえ、これによる学業成績の低下及び歯肉黒変による容貌悪化等の精神的打撃をうけ、さらに数年後の再治療の不安におびえており、これらの精神的損害を慰藉するには金七〇万円を相当とする。

(七)  よつて、原告は被告等に対して各自金七〇万円及びこれに対する原告負傷の翌日である昭和三七年一一月二九日より支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四、被告等の答弁及び抗弁

(一)、(1) 、請求の原因第一項は認める。

(2) 、同第二項(1) のうち原告が、原告主張の時に、良茂を追いかけ、その主張の経路で二階廊下を走つたことは認めるが、その余は否認する。

良茂が旧校舎を右折したときふり返つてみると、原告との距離は約一〇メートルあつた。

(3) 、同第二項(2) のうち防火扉が原告主張の状態であつたこと、良茂がこれを閉じたこと及び原告がこれに衝突してその主張のような傷害を負つたことは認めるが、その余は否認する。

良茂は旧校舎角で一度後ろをふり返つた後は後ろをみたことはない。また防火扉は小さなものであつて軽くふれても閉じるものであつた。原告と良茂との距離は約一〇メートルあつたし、南側の防火扉は開いていたのであるから、原告は右扉への衝突を十分避けうる状態にあつた。

(4) 、同第三項は否認する。

阿佐ケ谷中学校においては廊下を走ることは固く禁じられていたし、実際廊下を走る生徒は殆んどいなかつたし、前記防火扉は軽く開閉のできるものであつて危険はなかつた。

(5) 、同第四項は否認する。

原告の傷害は校則で禁じられている廊下を原告が走つたことと、原告が前記扉への衝突を十分避け得たにかかわらず走行を続けた原告自身の不注意によるものである。また、良茂の行為と原告の傷害との間には相当因果関係がない。

(6) 、同第五項のうち被告杉並区が前記防火扉を占有していることは認めるがその余は否認する。

公立学校の学校長及び教職員は親権者と同様の責任を負うべきいわれはない。

(7) 、同第六項のうち被告等が金六万円を原告のため支出したことは認めるが、その余は知らない。

被告等が右金員を支出したのは道義的立場から行つたものであつて、法律的責任を認めたものではない。

(二)、仮りに、良茂において、原告主張のような過失があつたとするも、原告においても、走行を固く禁止せられていたにもかゝわらずその訓戒を遵守せずして廊下を不注意にも走つたのであるから本件事故の発生について原告にも過失がある。

よつて、被告らは、過失相殺を主張する。

第五、抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実は否認する。

原告は本件事故当時一二才一一か月であつて行為の責任を弁識するに足る知能を具えていなかつたのであるから被告等の主張は失当である。

第六、証拠〈省略〉

理由

一、本件事故による原告の負傷

原告は昭和三七年一一月二八日杉並区立阿佐ケ谷中学校の一年生であり、被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子の二男である訴外鈴木良茂も同中学校の一年生であつたこと、原告が、同日午後四時ごろ良茂を追いかけて同中学校二階教室から別紙図面の経路で二階廊下を走り本件事故現場に至つたこと、本件事故現場である旧校舎二階廊下には二枚扉で観音開きの鉄製防火扉があり、本件事故当時そのうち南側の扉はほぼ完全に西側に開かれており、北側の扉が半開の状態であつたこと、良茂が北側の扉を閉じたこと、良茂が閉じた右扉に原告が顔面を衝突させて上前歯四本折傷並びに歯肉裂傷の傷害を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、良茂の行為と原告の負傷との関係

原告本人尋問の結果並びに証人鈴木良茂の証言(但し後記認定に反する部分は除く)に当裁判所の検証の結果を総合すると次の事実を認定することができ、証人鈴木良茂の証言の一部のうちこれに反する部分は信用できず、他にこの認定を覆えすに足りる証拠は存在しない。

原告は昭和三七年一一月二八日午後四時ごろ、当日の教課を終つて、同級生数名と共に阿佐ケ谷中学校二階一年A組教室で作文の挿絵を書いていた。ところが、偶々、放課後残つていた良茂が原告の書いた作文のことで原告を級友の前でからかう言動を示した。原告は羞恥の念にかられ、良茂の右言動を制止すべく立上つたところ、良茂は原告の追跡を誘発するような態度で前記教室から廊下に出て逃げだしたので、原告は良茂に対し陳謝を求めるため良茂のあとを追いかけて行つた。良茂は普通位の速さで走り、原告も普通位の速さで良茂のあとを追つていたが、良茂は旧校舎の角のところにさしかかるとスピードを落して曲りながら原告を振りむいて見たが、その時の原告との距離は約四ないし五メートルであつた。良茂はここを右折して旧校舎二階廊下を更に東方へ逃げたが、本件事故現場まで来ると、あとを追つて来る原告をふりむいて半開きになつていた前記北側の防火扉の先端部を、その脇を走りぬけると同時にこれを手で引いて閉じた。ために良茂のあと約二ないし三メートルのところを走つてきた原告はその扉に顔面をぶつつけて前記のような傷害を受けた。

このように、原告は良茂の二ないし三メートルうしろを走つていたのであるが、二ないし三メートルの間隔をおいて人をおいかけて走つているときに、その進行面前に突然障碍物が介入するときは何人も瞬間それへの衝突の危険を避け得ないのが社会生活上通常のことがらであると考えられ、良茂の扉を閉じる行為と原告の負傷との間に因果関係があると解するのが相当である。被告らは、原告の受傷は原告自身の過失によるものであると主張するけれども、原告自身に過失があつたか否かはしばらくおいても、良茂の行為がその原因を与え、またその原因を与えるのに相当な行為であつたことは否定できない。

そして、良茂が前記認定事実の状況の中で防火扉を突然閉めて追跡者である原告を負傷せしめた行為が違法性を帯びることは疑のないところである。

三、被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子の法定監督義務者としての責任の有無

良茂が本件行為当時一二才一〇か月の中学一年生であつたことは当事者間に争いがないから、良茂はその行為の責任を弁識するに足りる能力を有していなかつたものと認めるのが相当であり、良茂は原告に与えた前記傷害につき責任を負わないものといわなければならない。そして、被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子が、良茂の父母であり、同人の親権者であることは当事者間に争いがない。

しかして、親権者は未成年者の保護者として、その生活の全面にわたつて監督義務を負うものであり、右被告両者はこの義務を怠らなかつたことを主張立証しないから、右被告両名は、良茂が原告に与えた損害を賠償すべき義務を負うものである。

四、被告杉並区の責任の有無

原告は右被告は本件防火扉の占有者及び所有者として、その設置又は保存に瑕疵があつたので、これに因る本件事故につき責任があると主張する。ところで、本件防火扉は杉並区立阿佐ケ谷中学校校舎に設置されたもので公の営造物にあたることが原告の主張自体から明らかである。してみれば、原告は民法第七一七条に基いて請求しているけれども、この主張は国家賠償法第二条に基く請求として評価することができ、このような主張としてその当否を検討することとする。そしてかように解しても原告の主張していない事項につき判断したことにはならない。というのは、民法第七一七条と国家賠償法第二条とはその規定の内容は同一であり、ただ土地の工作物が国又は地方公共団体の設置し管理するものか私人のものであるかによつて適用条文が違つてくるにすぎないと考えられるからである。

本件防火扉は、杉並区立阿佐ケ谷中学校校舎二階廊下に設置されていることは当事者間に争いがないので、公の目的に併せられる杉並区の営造物の一部であることは明らかである。

そこで、本件防火扉の設置又は管理に瑕疵があつたか否かにつき考察する。原告は本件防火扉に固定用金具がなく、全閉又は半閉のときが多いという状態のまま放置してきたことにつき瑕疵があると主張する。本件事故当時、本件防火扉のうち北側の扉が壁面から三〇度ないし四〇度の角度で半開きの状態になつていたこと、南側の扉はほぼ完全に開かれていたことは当事者間に争いがなく、被告島田進本人尋問の結果及び検証の結果によれば、本件防火扉は鉄製で、阿佐ケ谷中学校旧校舎廊下の西方より一つ目の教室と二つ目の教室の境にあたるところに設置されており、西方に、観音開きに開くようになつていたこと、扉には開放したままにしておくときにも固定用金具が設置されていないこと、従つて通行者は自由に扉の開閉ができること、扉は手で押せば軽く開閉できたことが認められ、これに反する証拠はない。

思うに、防火扉に衝突して負傷するという事故が発生した場合に、その設置又は保存に瑕疵があつたか否かを考えるについては、防火扉の構造、場所、利用状況等諸般の事情を考慮したうえで、当該事故がその防火扉の存在により通常予想されるものか否かにより決すべきものと解する。

本件防火扉は前記のように、阿佐ケ谷中学校二階廊下に設置されたものであるから、この廊下を日常通行するものは同中学校生徒及び教職員に限られることが明らかであり、これに前記認定の本件防火扉の構造、形状を考え合わせると、中学生にとつては、扉が壁に固定して開放されていなくとも、廊下の通行にはさして危険はなく、本件のように扉に激突して負傷するという事故は、通常予測しえないところといわなければならない。したがつて、本件防火扉の設置又は管理につき瑕疵があるとの原告の主張は認め難く、被告杉並区には本件事故についての責任はない。

五、被告桜井伸、同島田進の責任の有無

本件事故当時被告桜井伸が阿佐ケ谷中学校の校長であり被告島田が良茂の担任教員であつたことは当事者間に争いがない。

公立中学校の低学年担任の教員や学校長は、学校教育法によつて生徒を親権者等の法定監督義務者に代つて監督すべき義務を負うものであるが、中学校においては生徒は責任能力者に近い程度の事理の弁識能力を有し、かつ幼稚園や小学校と異なり、教員は生徒の学校ないしこれに準ずる場所における教育活動及びこれに随伴する活動についてのみ生徒と接触することを考えれば、中学校の教員は、親権者のように責任無能力者の全生活関係につき監督義務を負うものではなく、生徒の特定の生活関係すなわち、学校における教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係についてのみ監督義務を負うものと解するのが中学校教員の地位、権限及び義務に照して相当と解する。これを生徒の不法行為についての責任についていえば、学校における教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係に随伴して生じた不法行為、いいかえれば、その行為の時間、場所、態様等諸般の事情を考慮したうえ、それが学校生活において通常発生することが予測できるような行為についてのみ、中学校教員は代理監督者として責任を負うものと解されるのである。

本件事故は、前記認定のように、良茂が放課後である午後四時頃、偶々学校に残つて作文のさし絵を書いていた原告をからかつたことから、前記認定の経過をたどつて発生したものである。本件事故は学校の校舎内でおこつたのではあるけれども、かような事故発生の時間、事故の具体的態様を考えれば、学校における教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係から随伴して生じたものとはいえず、それ故に、被告桜井伸及び被告島田進は、原告のかような行為についてまでの監督義務はないものといわなければならない。従つて、右両被告は良茂の行為につき責任を負わない。

六、被告らは、本件事故の発生については原告にも過失があつたので損害賠償額を定めるについてはこれを考慮すべきであると主張するので、この点につき判断する。

思うに民法第七二二条第二項の過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠償責任を負わせる問題とは趣を異にし、不法行為者が責任を負うべき損害賠償の額を定めるにつき、公平の見地から、損害発生についての被害者の不注意をいかにしんしやくするかの問題に過ぎないのであるから、被害者たる未成年者の過失をしんしやくする場合においても、未成年者に事理を弁識するに足りる能力が具わつていれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能が具わつていることを要しないものと解するのが相当である。

これを本件について考えるに、原告が本件事故当時中学校一年生であつたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問、被告島田進本人尋問の各結果によれば、原告は小学生のころより学校の教員より校舎の廊下を走ることの危険につき充分訓戒されておつたのみならず、原告が本件事故当時在籍していた阿佐ケ谷中学校においても廊下を走ることの危険につき充分訓戒されており、又生徒達の中で今週の生活目標として取り上げられたりしたこともあつたことを認めることができる。右事実によれば、原告は中学校一年生として廊下を走ることの危険についてのみならず事理を弁識するに足る知能を具えていたものというべきである。そして、前記認定のごとく、原告が良茂を追つて廊下を走つたことは、たとえ良茂において非があつたとしても、本件事故の発生原因の一端をなしており、また前記認定のような本件事故の状況においては、原告が前方注視を怠つたことが推測されるから、本件事故については原告にも過失があつたといわなければならない。そうだとすると原告の右過失は慰藉料額の算定について考慮すべきである。

七、よつて、本件事故による傷害により原告がこうむつた精神的苦痛に対する慰藉料額について判断するに、原告及び良茂は本件事故当時阿佐ケ谷中学校一年生であつたこと、原告は本件事故により上前歯四本折傷並びに歯肉裂傷の傷害をうけたこと、被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子、同桜井伸は原告の治療のための費用として金六万円を支出したことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第二号証、同第七号証に、証人帆足望の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は本件事故による傷害により折損した前歯を差歯によつて復元したのであるが、その間の治療中の苦痛は少なからぬものがあつたこと、そして今日にあつても前歯でものを噛むと差歯がとれそうでものを噛むことができず日常不便を感じていること、右差歯は美容上の見地から今後数回取り替えの必要があることを認めることができる。当裁判所はこれらの事実に前記認定の本件事故の態様、原告の負傷の程度、原告の過失、被告らが治療費として金六万円の支払をしたことその他諸般の事情を参酌して、本件事故によつて原告のこうむつた精神的苦痛は金一〇万円をもつて慰藉するのが相当であると認める。

八、してみれば、被告鈴木英春、同鈴木ヒロ子の両名は各自原告に対し金一〇万円およびこれに対する本件事故による原告の負傷の日の後である昭和三七年一一月二九日より支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて原告の本訴請求のうち、右両被告に対するものは右の限度において正当として認容すべく、右の限度を超える部分及び、その余の被告らに対する請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄 石崎政男 今井功)

別紙 本件事故現場見取図〈省略〉

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